太平洋航空博物館パールハーバーに伝説の航空機が仲間入り
2013年4月10日(水)、アメリカの航空史上で最も話題になった航空機のひとつ、ボーイングB-17Eフライング・フォートレス(製造番号#41-2446)が、太平洋航空博物館パールハーバーに到着した。
別名「スワンプ・ゴースト」(湿地帯の亡霊)で知られているボーイングB-17Eフライング・フォートレスの一風変わったストーリーは、これまで多数のメディアに注目され、ナショナル・ジオグラフィック、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ロサンゼルス・デイリーニュース、スミソニアン・マガジン等に取り上げられた。
B-17E #41-2446は、当初オーストラリアのタウンズビルに配置されていたカンガルー飛行隊所属の爆撃機である。1941年12月7日の真珠湾攻撃当日、ヒッカム陸軍飛行場に飛来する予定だったが、エンジンに問題があったため、後12月17日にヒッカムに到着、その後オーストラリアのタウンズビルへ帰着した。1942年2月22日夜、艦船攻撃任務を受けた5機のB -17はタウンズビルを出発、当時日本軍が占領していたニューブリテン島ラウバルへ向かった。この任務は、米軍が行った第二次世界大戦初の重爆撃機による攻撃だった。
不運なことに、このB -17が再びタウンズビルに戻ることはなかった。敵機の攻撃による機体の損傷から燃料が尽き、パプアニューギニアの北部海岸にある人里離れたアガイアンボ低湿地に不時着したのである。その後数日間、9人の搭乗員はマラリア、疲労、熱中症と戦いながらも、カミソリのように鋭い草が生い茂る湿地を脱出し、9人全員が基地に無事帰還した。
地球上最も人里離れた場所の一つに不時着した機体は消息不明とされ、約30年もの間忘れられた存在だったが、1972年に機動演習中のオーストラリア兵らによって発見された。発見当時、機体が部分的に湿地に浸水していたことから「スワンプ・ゴースト」(湿地帯の亡霊)というニックネームが付けられた。驚く程良好な状態にあった機体には、フル装填された銃がそのまま残され、またキャビンにはコーヒーが入っていたと見られる水筒が残っていた。発見後間もなく、この機体が最も保存状態の良いB-17戦闘機であることが明らかになった。
しかし、この話はここでは終わらなかった。その後30年間、元B-17のパイロット、デイビッド・C. タリチェットとスワンプ・ゴーストのサルベージ・チームは、この爆撃機を取り戻すことを試みた。しかしパプアニューギニア政府が関与し、その過程を中止させたのだ。その後数年の交渉を経て、2010年、ついに米国への返還が認められた。翌2011年、太平洋航空博物館パールハーバーは機体購入の交渉を始めた。
館長のケネス・デホフは次のように語っている。「太平洋航空博物館パールハーバーが、この国宝ともいえるB-17の新しい故郷となったことに喜びと興奮を感じています。B -17E『スワンプ・ゴースト』は、当館が所蔵する機体の中で最も注目すべき機体の一つとなるでしょう。この機体を、世界の航空博物館の水準を満たす地上展示機として修復するためには、資金集めに数年掛かり、その費用は500万ドルと予測しています」
資金が集まり、修復作業が終了すると、B-17Eは、太平洋戦争に関する展示品が所蔵されている格納庫79(第2展示場)にて展示される。最終的には、機体が発見されたパプアニューギニアの湿地帯を模した背景を背に展示される予定である。
来館者は、展示の背景となるガーデン風のセッティングに使用されるレンガを購入することにより、寄付に参加することができる。その売り上げは、第二次世界大戦で活躍したパイロットや戦没者への慰霊の思いを込めると共に、航空機の復元修復費用として寄付される。
PHOTO:
Oliver, Frederique. Swamp Ghosts. 2007. Smithsonian Institution, Washington D.C.
(2013年5月5日)
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