1941年に建設されたフォードアイランド管制塔施設、修復プロジェクト開始へ
太平洋航空博物館パールハーバーが、フォードアイランドにある管制塔と観測デッキのリース契約を締結した。これにより、戦争当時のまま残されていた管制塔は修復プロジェクトへの第一歩を踏み出した。この管制塔は、1941年12月7日の真珠湾攻撃当時に実際に使用されていたものである。
太平洋航空博物館パールハーバーの館長、ケネス・デホフは次のように語っている。「私たちが最優先にしなければならない課題、それはこれ以上の老朽化を防ぐことです。海軍少将ディクソン・スミス氏は、海軍と土地所有者であるフォード・アイランド・ベンチャーズ/ハント・ディベロップメント・グループの間に入り、このリース契約締結のために尽力してくださいました。彼に多大なる感謝を捧げると共に、私たちはこの大切な歴史の目印の保存・修復を切望しています」
この修復プロジェクトの完成には750万ドル(約6.3億円)の費用が必要とされている。元連邦議会議員のニール・アバクロンビーが、この歴史的建造物の安定・修復のため、国防予算より380万ドル(約3.2億円)の予算確保に貢献している。
1941年に建設されたフォードアイランド管制塔施設は、3階建ての気象センター、観測デッキが付いた2階建てのオペレーションビル、最上階に航空管制センターが入った高さ約48メートルの貯水塔から成っている。この管制塔は、特に第二次世界大戦中、真珠湾の海上活動にて重要な役割を果たし、1978年には真珠湾海軍基地歴史保全計画のカテゴリーTに登録された。
管制塔、2階建てコンクリートビルと3階の観測デッキは、30年以上も前から修復の必要性が指摘されており、外壁、階段、床、はしご部、梁、鼻隠、フランジを含む管制塔の鉄鋼は激しく腐食している。多くは修繕・再塗装が必要で、その他撤去交換が必要な箇所がいくつかあり、コンクリート剥離が生じている。
アリゾナ記念館、戦艦オクラホマ記念館、戦艦ユタ記念館、戦艦ミズーリ記念館、 USSボーフィン潜水艦博物館公園、太平洋航空博物館を含む「太平洋における第二次世界大戦の勇敢を記念する国定公園」には年間200万人の人々が訪れ、この鉄板とリベットでできた高さ約48メートル、直径約4.6メートルの貯水塔を目にすることができる。またフォード・アイランドは一千世帯もの軍関係者家族が住む住宅地、パールハーバー海軍基地/ヒッカム空軍基地の連結基地勤務地でもあり、その他国防情報センター、人工知能航空戦センター、国立海洋大気圏局太平洋地域司令部が立ち並んでいる。
修復プロジェクトは貯水塔とオペレーションビルの安定と改装、及び施設周辺の整備が含まれている。第1工程は一般公開を制限して、コンクリート施設と気象タワーの改装を目指す。改装には管制塔とビルの危険物排除、貯水塔と管制階の鉄鋼修復作業、外壁の塗装が含まれている。また、全ての穴を塞ぎ修復固定し、建物全階の屋根の補修工事を行う。
第2工程では2階建てのオペレーションビルの内装工事を行う。倉庫階から3階の観測階までの階を、オフィス、キュレーターセンター、リサーチ用図書館に改装する。航空機、資料・情報の保管は、太平洋航空博物館パールハーバーのプログラムにおいて最も重要なミッションであり、データ収集、翻訳、保管、復元、ディスプレイ、配信のために特殊機材が使用される。
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